Mikity2009-05-28

昨日は廊下、位牌場の雑巾がけ。
座敷の掃除など。
ゴミもたくさん燃やしたね。
何かニオイがするって思ったら、
魚の干物の忘れ物があった(笑)


終わってピアノ伴奏の練習を少し。
大学へ。
引続き、行為の善悪について。
”在るもの”――万物の創造主
私達は存在をもらっている(親から)そして、存在を与える。
神は”存在そのもの”存在の根源、目的に至る理念は。
神が永遠。知的存在には秩序がある。


対して、ニーチェサルトルの否定。
ベルグソンの”持続”持続の中に身を置く。


そこで”法”だ。
永遠法(トマスによる)
宇宙の君主のうちに存在するような仕方で
神のうちに存在する事物の支配理念。
全ての行為と運動を導くものとしての神の英知のうちに存する理念。


・・・しかし、全被造物はすべて一様ではない。
非理性的被造物は、その内在的規定に受動的に服する(自然法則)
理性的被造物は、自ら摂理の分担者となって自己、
ならびの他のもののために配慮するかぎりにおいて、
なんらかの卓越して仕方で神の摂理に服する(自然法


実定法。
人間が決める。が、自然法と合致していなければならない。
法の拘束力は、永遠法に遡る。
自然法の具体的解釈、倫理的行為の客観的規定、基準。


そして良心の問題・・・。