Mikity2008-05-25

昨日は、早朝から雨が降っていた。
玄関の掃除を済ませる。
留守番少々。


着付をし、お稽古へ。
雨が止んだら蒸し暑い・・・。
風炉釜の炭手前。初めてやるなあ。
羽箒、火箸、香ごう、カンカケ・・・
釜敷きを出し、お釜を釜敷きへ。


炭を整え、胴炭を奥に置く(炉との違い)
熱いからだね。これから夏だし。
羽箒の扱いと置くところがイマイチ・・・。
続けてお薄のお点前。
茶杓で掬った抹茶の量とそのお湯の熱さと量で
美味しさが決まるんじゃないかと思ってる。
”同じ条件だけど、一人一人味が違うよね〜”って。


雨が小降りで降りだすのと同じぐらいに蛙が鳴き始めた。
その鳴き方が、え、これって鳴くタイミング?っていう、
ゲロゲロと続けて鳴くんじゃなく、
”ゲロ、ん?(間違ってないよね的な)”っと止まったりして
考えながら鳴いているのを聞いて、そろそろ梅雨か〜?とか。


”茶碗飾り”の勉強をしました。
まあこのお点前は、代々伝わるモノであったり、将軍家から戴いたモノなど
厳然たるお茶碗がある時にする、飾り物。
茶碗だけでなく、中に服紗とお茶入れを入れて、床に飾る。
亭主の挨拶の後に、正客がその話へと振る(拝見)
拝見は、いつもの場所ではなく、入り口に近いところで
しかも”茶碗”飾りなので、中のお茶入れは、下げる。


服紗の上に置かれたその厳然たるお茶碗を、正客は服紗ごと自席へ持ち帰る。
そして左肘をきちんと畳へ着き、拝見する。服紗の拝見は無し。
出会いで返すのはいつもの通り、場所が違う。
亭主への質問などをして、謂れなどを聞く。
やはりお茶のコミュニケーションはものをそして季節を知らないとだ。


軸は”薫風自南来”に菖蒲の花が描かれているもの。
当然、禅語だろう。
そして単に薫風が南から吹いてくるという意味だけじゃないだろう、
と辞典で調べる。
”殿閣微涼を生ず”という結句があるということ。
宮殿の部屋の隅々まで涼やかな雰囲気に包まれてしまう・・・。


感覚的清涼感も然ることながら、是非、善悪、利害になどの
相対的思想に捉われない、といった風に味わうようだ。
つまり、一切の煩悩が抜け切った状態のことですね。


お花のお稽古を久々に。
つくしに似た植物(名前をど忘れ〜)を7本主題にして。
トルコキキョウ、カーネーションなどを生ける。
初夏らしく〜