Mikity2008-10-10

昨日は掃除をし、洗濯し…。
讃歌の練習を少しし、大学へ。
まだまだ日差しの強い日中です。


図書館へ行き、学会雑誌を調べる。
占領期の福祉政策…、
児童養護の原点はどこだろう。
戦前の児童相談所の事業内容の広いこと。
児童に関することなら何でも、といった感じだ。


戦後はそれを細分化した。法律で。
よかったのか悪かったのか…
現在の児相の状況を踏まえたうえでみると
どうだったのか、まあ、児童の概念や乳児はどうするのか
といったことを除いても違いは歴然だろう。


小離島の人たちがどこで最期を迎えるか。
戦後の埋葬の状況、看取りの状況を聞くと、
例えば、看取りをした人たちが当然埋葬に必要な穴を掘る、など。
そこに医者の死亡診断はない。
しっかりしたコミュニティの機能の存在に驚く。
やはり生きるためには助け合わないとだ。
周りの人たちが介護するっていうことは当然のことだった。


寝たきりは”寝かせきり”だと大学時代に読んだ本に確か書いてあった。
”寝たきり”という言葉が英語にはない、寝たきり老人のいない
北欧の状況などという内容だった。
”その国の高齢者を見れば、その国の文化レベルがわかる”というようなことを
サッチャー元首相が言っていたと思う。
北欧は”だんだん年をとっていく高齢者”の人口の推移を
早い段階で予想していたんだろう。
そして国民全体で高齢者についての理解を進めたんだと思う。
だから高い税金(給与の半分以上)も、20数%の消費税についても
みんな年をとるし、それは当然のことと、そしてさらに生命保険もかけていると
フィンランドからスウェーデンに行く際の船で話した
フィンランド人夫婦は言っていた。


どのように最期を迎えるか、どのように死ぬかということを前提に、
どう生きるかってことを初めて考えられるのだと思うのだけれど。
その場しのぎの介護は長続きしない。しなかった。
福祉に”死”は当然含まれると思う。